Backyard(ナルニアの裏庭)

ナルニアのウラ庭。ここでは、ナルニアのこと、その他いろいろ、、、ふと、思いついたことなど、ときどき紹介していきます。
って、、つづくかなあ?(汗)



ことばを尽くす




この春ナルニアでは新しく2つのクラスがスタートした。ひとつは年長クラス、もうひとつは小1クラス。ひとりでやっている手づくり教室なので、新しくクラスを作る場合は1クラスだけ、人数も6人程度ということでずっとやってきたのだが、今年は縁あって2クラス分のリクエストにお応えすることになった。

新入生たちはまだ小さくて、レッスン以外の簡単なやり取りでも「???」となることがある。日本語の使い方をはじめコミュニケーションの取り方、大人に対する態度や口の利き方など、いろいろなことが幼い。

最初のレッスンでは、その子どもたちに守ってほしい「ナルニアのルール」を伝える。この建物には"Hello."と言って入ってきてね、脱いだ靴はそろえてちょうだい、それから戸棚は勝手に開けないこと、ボールで遊びたいときは私に聞いてからね、・・・etc。レッスンとは直接関わりのないルールもあるのだが、これを先ずおぼえてもらう。

"Hello."という挨拶はみんなすぐに出来るようになる。「大きな声で元気よく」と言うと、たいていは精一杯の声で"Hello!"と挨拶してくれる。ワタシも"Hello, ○○!"と迎える。

"Hello!"は子どもたちの言語モードを英語に切り替えるスイッチのようなものだ。だけど、それだけではない。教室の入り口でその言葉を口にすることは、「英語のレッスンを受けに来た○○だよ。今日もヨロシク!」みたいな態度を示すことでもあると思う。


もちろんイチイチそんなことを思って"Hello!"と言う子などいないが、挨拶の心意気とはそういうものじゃないだろうか。たとえ家族であっても朝顔をあわせたら「おはよう」と言う。これから関わりを作っていこうとする相手に対して、まず心を開く。挨拶の言葉は交信モードに入るときのパスワードみたいなものだろうか?

ところが土地柄だろうか、大人でも挨拶をしない人がいる。たまにナルニア関係者にもいて、送迎のお母さんとは会釈なり挨拶なりが交わせるのに、お父さんには声を掛けても知らんぷりされることがある。

そんなときは、え〜、ワタシってそんなに嫌われているんだろうか?いや、もしかしてこのお父さんは英語を習わせることには反対で、それなのに迎えに来なくちゃいけないから機嫌がよくないのかも・・・、などとアタマの中でイロイロな妄想が膨らみはじめる。あっ、いや、もちろん挨拶してくださる方のほうが多いのだが。

挨拶なんてどうも苦手で、という人はいるだろう。あるいは、ニコッと笑ったその笑顔の方がどんな丁寧な挨拶よりも相手の心に響く場合があるかもしれない。でも、そういう人でも、わが子には英語を習わせる(!)。それは英語と言う言語を介していろいろな国の人たちとコミュニケーションできるようになって欲しいと願っているからではないだろうか?その基本となるのが、(何語であろうと)挨拶を交わそうとする姿勢ではないかと思うのだが。


                                   


新しいクラスを作るときは、子どもたちに「体験レッスン」を受けてもらい、保護者の方には教室の方針や指導方法について話しを聞いていただく。これはどの英語教室でもやっていることだろう。ただ、ナルニアの場合は必ず親子そろって参加していただきたいので、基本的には入会希望者の都合を尋ねてから体験レッスンのスケジュールを組むようにしている。この教室がわが子にふさわしい教室かどうかを保護者の方に判断していただきたいからだ。

中には「ここがいいと聞いたから」と、体験レッスン前から入会の意思表明をしてくださる方がいらっしゃる。有難いことではあるが、ある生徒にとってはいい教室でも別の生徒には合わないということだってある。それは兄弟姉妹であってもそうなのだ。

ナルニアの方針を吟味し、本人の個性と指導方法とを照らし合わせた上で入会するかどうか決めていただきたい、そのために提供できる情報は豊富で詳細な方がいい。そう考えて、保護者の方への説明や質疑応答にはたっぷりと時間をさくようにしている。


「なんて面倒な」今年の新入生の保護者の中にもそう思われた方がいらっしゃるかもしれない。入会を決めてからも更にガイダンスがあるし、本当にこんな面倒な教室はないかもしれない。自分でもそう思う。

本来、習い事は本人が気に入って始め、その状態がそのまま続いていくのがイチバンいい。だけど、そういうラッキーなパターンばかりではない。しかも、ナルニアの場合、通っていただく年月はかなり長い。習う側と指導する側がズレを抱えたままスタートすれば、それは後々かならず問題となって表れてくる。

「学校の英語や受験で苦労させたくない、それがイチバンの動機」
「合わないような気もするけど通わせておけば何とかなるんじゃないか」
もし保護者の方がそう考えていたとしたら・・・。

「英語のレッスンなんて楽しいと思わない」
「喋れたらカッコいいけど音声練習はイヤだ」
「外国のことなんてキョーミない」
通ってくる本人の中にそんな気持ちがあったとしたら・・・。

英語に限らず、小さな子どもが習い事を始めるときには保護者としてチェックしておかなければならないことがあるはずだ。どのレベルまで身につけさせたいのか?子どもの適性は?指導者の考え方や方針は?自分はどの部分ならサポートできるか、・・・etc。時間とお金とエネルギーをかけて習い事をさせるのだ。その辺りをよ〜く考えて、入会するかどうかの判断を下す。保護者として当然の姿勢ではないだろうか?

ナルニアを候補にあげて体験レッスンを受けてくださる方には、ナルニアについてできるだけ多くの情報をお伝えしたいと思っている。英語指導に対する私自身の考え方、具体的な方法、卒業生や育ちつつある生徒たちのことなど、言葉を尽くしてお伝えする。それも私の仕事だと思っている。今この「ウラニワ」でこういう文を書くのも、もっと言えばこのホームページそのものがそういう気持ちの延長線上でやっていることなのだ。



ウラ庭の「おまけ」 揺れるカタツムリ



揺れて、揺れて、焦点も定まりづらい(- -;


ウラニワの「こでまり」。
たわわに咲き誇った白い花ももう盛りをすぎ、先日の雨と風でさらに無残な姿になっている。花殻((はながら)というのだろうか、茶色く枯れたトコロは早く取ってしまった方が次の年いい花を咲かせるらしいが、無精者のワタシはそういうことに手を出したことがない。

その気の毒なこでまりの葉の先っちょに、ふと見れば、1センチくらいの小さなカタツムリが逆さになってしがみついているではないか。

アンタ、来る場所を間違えたんじゃないの?
思わずそう話しかけたくなるほど、こでまりの葉は細く薄く、カタツムリは往きも戻りも出来ない様子だ。おまけに5月の突風に煽られ、房全体がちぎれんばかりに揺れている。

足場のいいあじさいの葉に引越しさせてやろうかとほんの少し迷ったが、結局そのままにしておいた。新緑まぶしい5月のウラニワは、小さな命がこうやって踏ん張るトコロでもあったのだ。

カタツムリくん、ガンバって生き延びるんだよ!
・・・落っこちるんじゃないぞ。